2010年9月20日月曜日

「しつけのため」口そろえる虐待親たち 便利な言葉で正当化という記事を読んで

記事を読んで衝撃を受けた。

理由は、この肝心な部分を明確に書いた記事を見てなかったからだ。

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「虐待する親は、本気でしつけのつもりでやっている」とし、こう続けた。

「こうした親は、問題があるのは子供のほうで、どんなに重大な結果を招いても『この子が悪いからだ』と考える。このように自分の行為を正当だと認識する心の働きは『合理化』と呼ばれ、せりふでいえば『しつけのため』であり、『あなたのために』となる。また『叩かれるあなたより、叩くママのほうがつらいのよ』と必ず言う」

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この部分だ。これは本当だと感じた。

自分の子供の頃に虐待を受けた。でも、その時はしつけの一言で周りは悪いのはすべて子供が言う事を聞かないせいだと親のいう事に納得し、子供の側に立つ人はいなかった。叩いた親も自分も辛いと言って、叩かせるお前が悪いとかすべて子供のせいにしていた。

親が一度でも、それを肯定し実行すると、もう片方がも同調するかどうかが問題になる。同調すると、子供は居場所がなくなり、心に大きなトラウマを抱える事になる。何かする度に殴られる為、大きくなってもそのトラウマから逃れるのが難しいのだ。私が虐待に反対する最大の要因がこのトラウマにある。

例えば、子供の頃に親が手を挙げて子供を殴ったとしよう。大きくなって友達同士の会話をしている最中に、相手が何気ないしぐさで手を上に挙げたとしよう。それだけで、その人は殴られるイメージが思い出されよけようとする行動に出る。手を挙げた友人はただ頭を搔きたかっただけでも、店の店員に注文しようとしただけでもだ。

大抵、その夜の夢は悪夢にさいなまれたりする。親から逃げ回る夢だったりする。このトラウマはちゃんと向き合って自分で解決しようとしない限り、ずっと付いて回る。これの弊害は語りつくせない程、色々と出てくる。

そして、そんな人間が親となり、子供を作ると多くの人は子供に手を挙げる人間になるという統計があると昔聞いた事がある。

暴力の連鎖が綿々と受け継がれ、それをどこかの時点で問題視して止めないといけない。それには、一人一人がちゃんと問題意識を持つ事が大切だと思う。

最近になって親の虐待が表面化するにつれ、問題意識を持ってきた人たちが多くなり、法制化もされて来たのでかなり進歩したのではないだろうか?

それがきっかけになって、色々と問題が浮き彫りになり、みんなでひとつひとつ解決して行っている感じがとても良いと思う。

こういった事が、暴力の連鎖を断ち切るきっかけになる事を心から願っている。

 

トラウマから抜け出したいと思う人に送る事は、その事実に目をそむけずちゃんと向き合い、ちゃんと考えてください。それが、そこから一歩踏み出す事に繋がります。できれば、元凶の親からは離れていた方が良いです。

次の段階で、その事実を信頼できる人に話す事です。うまく話せるかは問題ではなく、自分の抱えているトラウマを誰かに話す事で心の重しを少しずつ取り除く事になり、自分でも問題を明確に感じる事ができるようになります。

ここまで来たら、負の連鎖の暴力を子供に振るう事は無くなると思います。口にする勇気は並大抵ではありません。ここまで行くのに10年20年かかるかもしれません。個人的な話ですが10年以上かかりましたが、親の悪夢を見なくなりかなり良くなったと思います。また、親と向き合う事もできると思いますが、できれば会いたくないという自分もいるのも事実です。

が、大切な事は負の連鎖を断ち切る事であって、親に会う会わないという事ではないと思います。

今、親と子供のコミュニケーションが減って、親子関係に亀裂が~みたいな事を言って昔のようななんて事を言う人もいます。が、昔の人は仮面家族が多かったような気もします。隣人の目を気にして仲良く演じていたと言う感じです。

しかし、現在はそれ以上に大切な事が、負の連鎖を断ち切る事だと思います。だから親子関係云々よりも、精神的に親と居る事がダメなら居ない方が良いわけです。無理していると、親を殺したりする犯罪になるかもしれません。

まずは、暴力の連鎖を断ち切り、自分が親とは違う事を意識し、自分の子供には自分と同じ事にならないように、先輩として教えて行く事が何よりも大切なのではないだろうか?それが仮面家族ではなく、本当の家族ができる事に繋がるのではないだろうか?

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